1. なぜ古賀志山周辺の風の流れを調べるのか?
古賀志山は栃木県宇都宮市にある山です。
西から赤岩山、御嶽山、古賀志山が山塊をなしており、そのためこの山塊全体をまとめて古賀志山と呼ぶことが多いようです。
さて、赤岩山の南側のふもとにはスカイパーク宇都宮パラグライダースクール(以下スカイパーク)があります。そして、赤岩山頂付近にはパラグライダーの離陸場(テイクオフ)があることから、古賀志山はパラグライダーが飛び交っています。実際に私も古賀志山を東へ西へとパラグライダーで飛んでいますが、その際、山頂より高い高度に達すると、遠く日光や那須の山々を一望できます。
パラグライダーで離陸すると、まずは古賀志山の斜面を駆け上がってくる風(上昇風)を利用して高度を上げていきます。この駆け上がってくる上昇風はどのくらいの高さまであるのか、山の稜線付近の風の収束はどうなっているのかなどをパラグライダーを始めたころから可視化したいなと考えていました。そこで今回、大雑把ではありますがOpenFoamというフリーの流体解析ソフトウェアを用いて古賀志山周辺の風の流れを計算してみました。ここで「大雑把」というのは、計算格子サイズは50m均一設定と粗く適切ではないと思われる点、実際の風は乱流ですが層流として扱っている点、さらには私は流体力学計算はど素人でわからないことだらけである点などから、どこまで参考になるか怪しいという意味です。とはいえ怪しい計算結果とは考えつつも大外れではないと考え、その結果を参考として紹介したいと思います。
今回は、風速3m/sの南風(層流)の場合の、古賀志山周辺の風の流れの計算結果を見ていきます。
2. 計算結果その1 赤岩山斜面近傍の上昇風
古賀志山周辺の大きな風の流れを見る前に、まずは赤岩山を例にその山頂上空を流れる風に注目します。赤岩山山頂にパラグライダーの離陸場があり、離陸直後には赤岩山に生じる上昇気流を使って高度を稼ぐたことが多いので、赤岩山の風の流れをくわしく見てみましょう。
図2-1は赤岩山山頂からその上空を通る風の流線を南西方向の上空から見た状態です。
図中の流線には風速に応じた色分けをしており、それぞれの場所の風の強さ(風速)を示しています。
地形の三次元データは国土地理院のデータを使用し、今回の計算範囲は赤岩山を中心に東西南北7km x 7kmの範囲かつ高度は5000mまでとしました。図2-1はおよそ高度2000mまでの表示となっています。

下の図2-2は、図2-1の赤岩山山頂を拡大して西から見てみます。

図2-2では、赤岩山山頂に50m間隔の目盛を設けています。流線の色は風速を表しており右側の凡例で色に対応する風速を確認できます。この図では風速が4m/sで赤、2m/sで青となるよう設定しています。図から山頂上空50m以下の範囲で流線が最も赤く風速4m/sに達しているのがわかります。これは風が山頂で収束しているためです。一方、収束し山頂を超えた最も低い位置の流線は緑~青(2.5m/s前後)と減速しています。これは山頂の風下側に渦が発生していることが原因のようです。山の風下側の渦については後程解説します。
次に、この図2-2で見た風速を水平方向(北向き)と鉛直方向(上昇)の速度成分に分けて見てみます。

図2-3の流線の色は水平方向(北向き)成分のみを表しています。凡例の色分け基準は図2-2と同様に風速の水平成分が4m/sで赤、2m/sで青となるよう設定しています。
図2-3を見ても、やはり山頂の真上で流線の色が赤に近い色(4m/s弱)となっており、風が収束していることがわかります。
ただし、図2-3の左上の範囲に視点を移すと、この領域でも水平成分の風速が上がっているのが見て取れます。このことから、少なくとも風速の水平成分に関しては、風の収束(風速の増加)は山頂近傍の局地的な現象ではなさそうです。

図2-4の流線の色は風速の鉛直方向(上昇)成分のみを表しています。凡例の色分け基準は設定を変えて上昇成分が2m/sで赤、0m/s以下(下降または停止)で青となるように設定しています。
図2-4の流線の色を確認すると、山頂の真上ではなく南側斜面で赤く上昇成分が2m/s近くなっており、山頂手前で低下し始め1m/s以下に弱まることが見て取れます。
上昇方向成分の強弱は風速を示す色だけではなく、流線の水平面に対する勾配(傾き)の大きさでも見ることができますが、流線(風)は山の勾配(傾き)に沿って上昇するため、結果的に山の南側斜面で一番上昇方向成分が大きくなります。
赤岩山の斜面近傍、特に山頂から50m以下の高度では図2-3と図2-4から山頂の風は水平成分だけが強くなり、上昇成分は山頂手前で低下するので、乱流に巻き込まれる危険を冒して山頂を北側へ超えるメリットは無いと言えます。
3. 計算結果その2 赤岩山周辺の上昇風
前章では、赤岩山近傍の風に着目しましたが、少し視点を引いて赤岩山周辺の大きな風の流れを見てみます。

図3-1を見ると、流線は赤岩山を越えてすぐ山に沿って下降するわけではなく、赤岩山山頂から北におよそ750m地点で収束しているようです。 図の赤鎖線で囲った収束範囲の風速は4m/s程度あるようで、もともと風速3m/sですから水平方向に1m/s早くなっています。次に、風速の上昇方向成分を詳しく見てみたいと思います。

図3-2の流線の色は図2-4と同様に風速の鉛直方向(上昇)成分のみを表しており、凡例の色分け基準は風速の上昇成分が2m/sで赤、0m/s以下(下降または停止)が青となるよう設定しています。赤岩山山頂の鉛直方向目盛と、図下側の水平方向の目盛間隔は共に250mです。さらに、この図には風速の上昇成分が0.2m/s, 0.5m/s, 1m/s以上となる範囲を示す線を追加しています。これらの数値を選んだ理由は、図に表示したときのわかり安さを考慮した結果です。この図を見ると、上昇成分が1m/s以上になるのは山頂から100m以下の範囲、0.5m/s以上になるのは山頂から300m以下の範囲、0.2m/s以上となるのは山頂から1000m以下の範囲となるようです。
4. 計算結果その3 古賀志山全体の上昇風
前章では、赤岩山山頂の上空を通る風の流れに的を絞って見てきましたが、古賀志山全体を見た場合、風速3m/sの南風の時に上昇気流帯がどこに形成されるのか、そしてどこが一番強いのかを見てみます。
まずは、風速3m/sの南風の場合、古賀志山のどこで一番上昇気流が生じているかを確認してみます。今回の計算では上昇成分の最大値は1.82m/sでしたので、上昇成分が1.8m/sの範囲を図4-1に示します。

図4-1の白矢印で示す、濃い赤色部分が上昇成分キッチリ1.8m/sの部分を示しており、図3-2では上昇成分が同じ値の範囲を線で表しましたがそれを3次元に拡張して膜のような形になっています。この膜の中は上昇成分が1.8m/s以上となります。ここは赤岩山山頂付近の旧AKAIWAパラグライダースークールのテイクオフ付近です。 実際、私も含めて離陸直後の高度確保の為や、一度高く上がったけれども高度が下がってしまった時の上げ直しにこのエリアを使っている人が多いので、経験的にもあっているように感じます。ただ風向きが例えば南東などにかわれば強い上昇風が発生する位置も変わってくるはずですので、今後、調べてみる予定です。

次に上昇成分が1.5m/以上の領域を図4-2に示します。赤岩山だけでなく東側の御嶽山や古賀志山、その西側に発生しています。
(隣の峰)と矢印で示している峰は赤岩山と同程度の標高がありますが、意外にもここには1.5m/s以上の上昇風は発生していないようです。この峰の南側にパラグライダーで飛んでいる人たちにドーム岩と呼ばれている小山がありますが、この地形の影響を受けているのかもしれません。ただ、経験上この辺でも強い上昇風に会うことがあるような気がします。

表示する上昇成分の値を1.0m/s以上に設定を変えてその膜の広がりを図4-3で確認すると、古賀志山の稜線全体が上昇成分1.0m/s以上となっているようです。また、山の稜線以外にも”X”と示している領域が、古賀志山の北側に現れます。上昇成分1.0m/sの到達高度をわかり易くするため、真南から見てみます。

図4-4は古賀志山を真南から見ている図で、赤岩山山頂の目盛の間隔は100mです。今回の記事では高さの基準を赤岩山山頂にしているので、この図でもそれに従い赤岩山山頂から上昇成分1.0m/sの到達範囲の高さを見てみます。
一番強い上昇成分が生じているのは赤岩山山頂付近でしたが、上昇成分1.0m/sの範囲で一番高くなっている箇所は赤岩山と御嶽山の中間あたりで赤岩山山頂から150mの高さに達し、図4-2で1.5m/s以上の上昇風は無かったドーム岩の北側の(隣の峰)辺りは上昇成分1.0m/sの範囲が赤岩山より40mほど高い140mの高さまで達しています。
さらに、”X”領域ですが直前に山を駆け上がった風ではないにも関わらず、310mまで達しています。
古賀志山の北側の風が一体どうなっているのか、次の章で見てみます。
5. 計算結果その4 領域”X”の上昇風
本当にあるのか否かやあしい上に、計算上この気流がなぜ生じるのかがまだ理解できていませんが、”X”領域を通る流線を表示して、”X”領域を通る気流がどのような軌跡を描いているのかを紹介します。

図5-1は南西方向から古賀志山を見た図で、”X”を通る風の流線を表示しています。上昇成分1.0m/s以上の範囲を示す膜の色は流線と同時表示での見やすさをよくするため、色を濃い青へ変更して表示しています。
図5-1では”X”近傍で風が蛇行しているように見えます。
この流れが同のようになっているかをわかり易く確認するため真西からと真上から見てみます。

図5-2は古賀志山を真西から見た図で、赤岩山から北へ向かう目盛は200m間隔、上へ向かう目盛は100m間隔です。
“X”の中心のおよその位置は、赤岩山山頂から北に1600mで、高さは200m辺りにあるようです。
図5-2から、この気流は古賀志山を超えて一度下降した後、再び領域”X”で進路をほぼ90°変更して上昇しています。

また、図5-3は領域”X”を通る気流(流線)を真上から見た図ですが、この気流は領域”X”で一度東に進路を変えてすぐにまた北上しています。
図5-2と図5-3から領域”X”では東に流れつつ上昇しまた元の大きな流れに戻るという、複雑な流れが生じているようです。
結局、領域”X”で上昇しても最終的には大きな下降気流に戻る為、もし仮に本当にこの領域”X”があったとしても、パラグライダーでこの気流使って上昇しに行くことは避けた方がよさそうです。
6.計算結果その5 古賀志山の北側の気流
領域”X”が発生するような複雑な流れがある、古賀志山の風下側の全体的な風の流れを見てみます。

図6-1は古賀志山を南西上空から見たもので、古賀志山の風下の気流が西側から時計回り、東側から反時計回りに回り込む様子がわかります。東西から回り込む流線の本数を各々2本に減らして大まかな古賀志山の風下の気流を図6-2に示します。

西側から回り込んだ気流と東側から回り込んだ気流、どちらも赤岩山の北側で一度なんかした後に上昇しています。
西側から風下に回り込んだ気流はぐるりと一回転する旋回流となっていますが、図2-2で赤岩山を越えた気流が一度減速していましたが、この流れの影響を受けた結果と考えられます。
図6-1, 図6-2で古賀志山の風下側の気流についての計算結果を示しましたが、計算精度の良し悪しはあれどかなり複雑な流れとなっていますので、パラグライダーを楽しんでおられる方々は、間違っても山の風下側へは飛んでいかないよう心がけましょう。
参考
今回の計算では下記のフリーのソフトウェアを利用しました。これらを利用することで、企業や大学で行うような計算及びその可視化を自宅で行うことができます。とてもありがたい時代ですね!
- OpenFoam
流体力学をコンピューター上で計算するためのソフトウェア
今は2派生に分かれていますが、今回は(1)のWindows版を利用。
(1)https://www.openfoam.com/
(2)https://openfoam.org/ - ParaView
OpenFoam等の数値計算結果を可視化するソフトウェア。
https://www.paraview.org/ - FreeCAD
その名の通りフリーの3D-CAD。
国土地理院の3D地形データ(stlファイル)を計算用に加工するために使用。
https://www.freecad.org/index.php?lang=j - CfdOF
FreeCADのアドオンで、取り込んだ3DデータをOpenFoam用のフォーマットへ加工するために利用。
https://github.com/jaheyns/CfdOF - Blender
3DCG作成用のソフトウェア
今回用いた地形データ(stlファイル)の加工に利用。
(解析空間を作成する際に3Dデータの切り抜き(ブーリアン演算)を行う必要があったが、この処理に関してFreeCADよりはるかに高速だったので補助的に利用。)
